川越織物市場保存までの経過

2001年11月2日 織物市場を解体し、マンションを建設する計画が発表されました。

2001年11月3日 「旧川越織物市場の保存再生を考える会」が創設されました。

2001年11月10日 署名運動を開始したことが新聞各紙で報道されました。

2001年11月29日 陳情署名13449名分を持参し、川越市長ならびに川越市議会議長に面会し、陳情を行いました。

2001年12月8日 マンション業者と地域住民のあいだの初会合がもたれ、マンション業者側に織物市場の文化財としての価値を理解してもらいました。

2001年12月14日 織物市場「敷地」について、川越市が地権者との間で売買予約契約を締結し、仮登記をしました。

2001年12月17日-18日 川越市の委託を受けた伝統技法研究会による建物現地調査がおこなわれました。

2001年12月19日 市場棟解体禁止の仮処分決定がさいたま地裁川越支部から出ました。

2002年3月6日 (朝日新聞)おばけん猫の小江戸めぐりで織物市場が取り上げられました。

2002年3月23日 講演会「川越織物市場 文化遺産とまちづくり」を開催しました。

2002年3月28日 織物市場の中の、浦島囃子連の事務所についての裁判が行われました。(裁判は3月28日に審理を終結し、5月2日判決となりました)

2002年4月24日 織物市場の本来の所有者(川越織物工業小組合ーこくみあい)によって、市場棟2棟について、処分禁止仮処分がされ、入口の建物について、小組合への所有権移転登記がされ、一部権利者が計画していた建物の取壊しが法的に不可能となりました。

2002年4月28日 川越市市制施行80周年記念事業「ふるさと発見! 川越を持って帰ろう 小江戸来夢ナイト」の「小江戸DEモード」(参加21団体・個人)において「旧川越織物市場の保存・再生を考える会」が「小江戸ベストマッチ団体賞」を授与されました(川越唐桟等を着て、かつ、市場創設時の子どもの服装を再現)。

2002年5月2日 川越織物市場の一角を賃借していた浦島囃子連と川越織物工業協同組合の間の訴訟について判決が出され、賃借権は2001年4月22日までに終了しているとして、浦島囃子連の敗訴判決がだされました。浦島囃子連は同日、この判決を不服として控訴しました。ただし、浦島囃子連が借り主であったことは認められ、かつ、補論として川越織物市場の建物の文化財的価値が触れられ、市と地権者の間の協議による川越織物市場の保存が「望ましい一方途」として、指摘されました。

2002年5月21日 「散歩の達人」6月号が、川越特集をし、その中で、旧川越織物市場を取り上げました。

2002年6月2日 朝日新聞が川越唐桟復活の第一人者のひとり、東村田鶴子さんを取り上げました。東村さんのコメント「もし(旧川越織物)市場が残るなら、そこで機を織り、展示してみたい」。

2002年6月23日 市場近くの会員宅(同会員宅も川越市の景観重要建築物)において「旧川越織物市場保存再生フリーマーケット」を開催 多くの方に来場いただき、売上200,609円集まりました。

2002年8月22日 川越市と、川越織物市場の場所にマンションを建築する予定であった業者との間に事実上の合意が成立したこと受けて、川越市土地開発公社は、8月22日、理事会を開催し、約3億8300万円で土地を買収する議案を可決しました。

2002年9月26日 川越織物工業小組合(本来の所有者・市場保存側が清算人選任)とマンション業者に土地を売却した川越織物工業協同組合(時効取得主張)の間の裁判の口頭弁論が、9月26日に開かれ、その席上、協同組合および中間の不動産業者の代理人である高橋毅久男弁護士が、「和解に応じる(川越市とマンション業者の間で事実上成立している合意を受け入れる)」旨を表明。次回期日の10月15日には合意成立→全面解決見通しとなり、川越織物市場が、現在の位置で永久保存されることが、ほぼ確実になりました。

2002年11月14日 川越市・川越市土地開発公社が旧川越織物市場にマンション建設を予定していたタカラレーベンとの間で、川越市土地開発公社が敷地を購入し、建物はすべて川越市が寄付を受ける旨の契約を締結しました。

2002年12月10日 本日、建物および土地の所有権は、建物と一部土地は協同組合→橋本不動産→タカラレーベン(開発業者)一部土地は地主→ウメノ産業→タカラレーベン(開発業者)とそれぞれ移転し、そのうえで、土地はタカラレーベンから川越市土地開発公社が購入し、建物はすべてタカラレーベンから川越市に寄贈され、その旨の登記も終了し、旧川越織物市場が現在地で保存されることが確定しました。